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日本国憲法9条の意義を思う [社会]

ここのところ社会の動きが慌ただしく、ニュースを追うだけで精一杯になっている。
日本の「平和」が危うい感じが日に日に強まる。
70年間続いた「平和」も現政府の手で、雪崩のようにくずれてしまうのだろうか。
10年先はわからない、とはよく言うことだが、この勢いだと1,2年先のこともおぼつかない気がする。

ISによる人質事件では、現政権がどんなに危険な方向に日本の社会を引っ張って行ってしまうのかを、まざまざと見るような思いがした。


2月5日の、衆院の「イスラム国」に対する非難決議文には怒りを覚えた。
決議文には、
<非道、卑劣極まりないテロ行為を行ったことを強く非難>
<テロ行為は、いかなる理由や目的によっても正当化されない>

と、当たり前のことが述べられていて、

<我が国および我が国国民は、テロリズムを断固として非難するとともに、決してテロを許さない姿勢を今後も堅持することをここに表明する。>
とある。


この決議文を見てまず感じたのは、こういう決議というのはどういう意味をもつのだろう、ということだ。
テロは許されない行為だ、とは、誰もが思うことだろうし、人の命をもてあそび殺すという残忍な行為を許せないというのは当たり前の感情だ。

ではどのようにして「許さない姿勢」を示していくのか。
そこがはっきりしない。
そこが、肝心なところではないのか。
この決議文にはその肝心なところが抜けている。

決議文には「我が国及び我が国国民は」という言葉(しつこく二度も繰り返し)が入っているので、<私の考え>も勝手にこの中に含まれていることになる。
それはとても理不尽なことだと感じる。
きちんと道筋が示されていないのに、どうやって意見を持てるだろう?


「テロとの戦い」「テロには屈しない」という言葉には、<どのようにして>という一番肝心な所が抜け落ちている。

この決議は、自衛隊の活動範囲をどんどん拡大して、自国防衛という目的で(名目で)他国を攻撃できるようにする条件を整えるための意識づくりだ、という気がした。
そういう決議に「国民は」という言葉を使い、「私」も含まれてしまうのは心外だ。

テロを認める人は誰もいないので、こういう決議文はすんなり通っていく。
だが、「どのようにテロをなくしていくか」という点について具体的に何も示していない決議とは何だろう。
「テロが起きない社会をめざそう」という決議なら納得できる。
「断固許さない」では何の意味も持たない。なぜこんな決議文が採択されるのか不思議でならない。

人質事件において現政府は何をしたのかについては今でもはっきりわからず、「いろいろ交渉はした」という言葉のみ。


テロを起こすような集団は極悪人の集まりだから、交渉なんかしないで武力で撲滅するしかないのだ、ということなのだろう。
でもそれを明言しない。

そういうことを日本政府が明言した場合、「武力行使などしても根本的な解決にはならない」「武力を使えばさらに多くの人々の血を流すことになる」「戦争が何の罪もない人の命をどれほど奪うものか忘れたのか」という大合唱が起こる可能性もある。
うやむやにしておいた方が政府には都合が良いだろう。

「テロとの戦い」「テロには屈しない」という言葉が世間に通っているのは、武力行使という言葉を表に出さないからだろう。

武力に武力をもってしても何も解決にはならず、武力というものは、「人命尊重」からもっとも遠い所にあるものだということは、これまでの歴史や今日の国際情勢を見てもはっきりしていることだと思う。

決議文の
「このようなテロ行為は、いかなる理由や目的によっても正当化されないものである。」の
「テロ行為」を「武力行使」と言い換えたらいいのではないか。


武力に真の力などないことを常に忘れないようにしていないといけないのだと思う。
その道しるべとして日本国憲法9条がある。


憲法9条、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」を、国際社会に向けて発信できないものか。
(憲法を変えて他の国と同じようにしたい、と願うような政府には、思いつきもしないことだろうけれど)


「戦後の大改革」と称し、まがりなりにも70年間続いてきた庶民の「平和な生活」を少数の人たちが揺さぶることは許せないし、まったく理解しがたい。


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コメント 4

ayu15

テロとの戦いは必要でしょう。でも戦い方がすりかえられてます。
残忍で悪魔の宗教道徳右翼の暴力集団。これと戦うなら、監視強化厳罰化でなく、自由と個々の尊重守ること。
貧困で困窮する人なくすこと。

戦争放棄の日本はこういう戦い方してほしいです。
確か国際基準を否定してますよね。うようよする人たちは(人権や・ヘイト・秘密保護など)

日本なりの戦い方してもらいたいです。
by ayu15 (2015-02-16 23:12) 

tamara

日本国憲法は今の日本社会には宝の持ちぐされ、もったいないような気さえしますね。
テロと戦うにはどうすればよいのか、政府には何ら良い知恵はなく、むしろマイナスのことしかやらないのではないか、と危惧します。
こういう人たちが日本を代表するというのは本当に深刻な事態だと思います。


by tamara (2015-02-17 22:13) 

shira

 現憲法遵守の立場を常日頃から取っていれば「仮にも交戦権放棄を謳う憲法を持つ我が国が人道支援以外の支援をすることなどあり得ない、イスラム国の主張は誤解である」と強く主張できるんですけどねえ。お子ちゃま政治家にはそういう手練手管が全然わかってないようで。かつての保守政治家はアメリカからあれこれ要求されると「憲法9条があるからそれはできない」とか「それを呑むと護憲勢力が反発して政権基盤が揺らぐ」とか言ってうまいこといなしてたんですけど、そういう巧みさを二世三世たちは全然学べなかったようで。
by shira (2015-02-17 22:58) 

tamara

人質のことも知っていて、フランスでテロ事件が起きた直後だというのに、わざわざ中東に行って演説までして・・、まったく「政治」(外交)というものからかけはなれた行動だと思います。人道支援なら、演説などしないで黙ってやればいいはずです。「国民の安全」を盛んに口にしながら、どんどん国民を危険な立場にひっぱっているように見えます。一体、今後どうなっていくのでしょうね。

by tamara (2015-02-18 00:04) 

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