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参院特別委〜安保法案強行採決に思う〜 [社会]

数の力で押し切られることは当然の予想だったけど、その予想は別としても、総括質疑をなくし、いきなり抜き打ちの採決(あれが採決と呼べるものなら)という、目を疑う酷いものだった。何が起こったのかわからないくらいの卑怯なやり方で。
話し合いをする気などハナからないのだけれど、話し合いをするふりすらしなかった。
せっかくの公聴会での討論もユーチューブで見るしかなかった。

参院特別委員会では、民主党の福山哲郎が必死で鴻池委員長不信任の動議理由を述べた。討論は力強く、これまでの国会での論議を総括した感じでわかりやすく、誠意が感じられものだった。
共産党の井上哲士議員は公聴会での公述人の言葉を引用し、この強行採決がいかに理不尽かを説明した。山本太郎議員も福島みずほ議員もがんばっていた。
福島みずほ議員がいつものおっとりした口調で要点を咬み下すように語っていると、そばでなんとなくテレビを見ていた7才の女の子が「この人いいこと言うよね。」(こどもにもわかるんだ、瑞穂さんの言葉は・・!)
強行採決の直前の鴻池委員長不信任動議の野党の討論が落ち着いて聞くことができただけでもましだったかもしれない。

この日、NHKでこれほど長時間参院特別委の様子や国会前の様子を流していたのは、もう決まりだから流してOKということだったのだろうか?
安保法案についてのニュースはこれまで本当に少なかった。
ユーチューブを日常的に見る人の数なんて、若い人はいざしらず、中年以上は圧倒的に少ない。情報はテレビと新聞だけという人が多いのだ。

鴻池委員長はあれを、「強行採決だとは思わない。10党のうち5党は賛成したのだから。質疑も100時間を超えて充分やり尽くした」と。
質疑応答が充分かどうかは、時間ではかられるののではない。
討論はどれだけ時間をかけたかだけではなく、どれだけ議論が深まっていったかという「質」が問題だ。話のかみ合わない(多数派にかみ合わせる気がない)議論を1000時間続けたとしても何にもならない、実は結ばないだろう。

強行採決して、自民党議員が「気持ちよかったなあ」と言ったとか、民主党の蓮ほう議員がツイートしていたけれど、与党議員はほとんどそう感じたことだろう。

法案を通そうとしている与党は、国民が集会やデモで反対表明をするのが(すればするほど)気にくわなくて仕方がなかっただろう。その国民の声を力に野党ががんばっているのも気にくわなくて仕方なかっただろう。
強行採決で「決まり」となれば、ザマアミロという気持ちになったとしても驚かない。
それでも「こんか決め方でいいのだろうか」と思った人も与党議員の中にはいたのだろうか?

自民党は「普通の国」という言葉を好んで使うけれど、「普通」に考えれば国会での与党の答弁は「恥知らず」の一語につきた。

「恥知らず」とは、答弁をころころ変えること、
質問に答えられなくても平然とピント外れの答えをしてすませること、
国民のために働いているという姿勢が失われていること、
「国民のため」という言葉を政策を通すためだけに利用すること、
選挙では国民にぺこぺこし、デモや集会に国民が参加して声をあげると軽蔑し無視すること、
選挙で勝つことしか考えていないこと・・

国会前の
「勝手に決めるな!」「国民なめんな!」のコール。
『ナメんな』という言葉は嫌な言葉だと今まで思っていたが、今回ほど『ナメるな』という言葉がしっくりくる状況はないと感じた。
本当に、本当に「国民なめるな!」だった。
国民のものである憲法を無視するとは、国民に対する最大の愚弄だ。

なぜ「集団的自衛権」などという危険な法案を通したがるのか、通したがる人間がいるのか、私にはどうしても理解できない。憲法を無視してもいいと考える人たちはどうやっても理解不能なのだ。

政府が閣議決定で集団的自衛権を決定したときから、意見の違いがどうこう言う以前に、討論によって考えをお互いに深めより良い方向を探っていこう、という意志は皆無に見えた。
よく考えてみれば、話し合いを大事にする(これが民主主義)意志を持った人が、憲法違反の戦争法案など出してくるはずがないのだ。
つまり、憲法をないがしろにして集団的自衛権を持ち出すような人は、他の人とは話し合いを持とうとしない人、ということになる。

NEWS23で、憲法学者の石川健治氏がこう語っている。

「賛成する人も含めてこれから国民は大きなものを失おうとしている。問題のはじめは<集団的自衛権の行使容認した閣議決定>だった」と指摘し、

「私の理解では法学的な意味ではクーデターという説明をしている。
国民なりおおもとの規範が置き去りの状態で法秩序が断絶された場合をクーデターと認識する。まさに大きな断絶が去年の7月1日に走っている。

いざという時には法的安全・安定は国家の安全の二の次という選択が今回なされた。
法的安全は何のためにあるかー自由のためにある。国民の自由のためにある。
だから自由をないがしろにしてよいとの態度の決定、基本的な価値の選択を今回政府はやってしまった。

憲法を守って国が滅んだらどうするんだという人は、端的に言えば『専制主義者』だし『非立憲の人』だと言わざるを得ない。
肝心のことを議論したかったけど議論する前提をおろそかにして、しかもその手順を踏まないで、あるいは手順を粉砕して先に進んだのがこの一年だったのでは。」


とてもわかりやすい。政府に対するすべての意見、反論は無駄になるわけだ。
専制主義者、非立憲の人と話がかみ合わないのは当然なのである。
少数派が抵抗すればするほど「黙って言うこときいていればいいんだ」と思うだけで、いよいよその抵抗に終止符が打たれ反対派が退けられれば、「ああ、気持ちよかったなあ。」という感想を抱くのだ。

社会にはそういう人が数パーセントは必ずいて、しかもそういう人たちに政治の実権を握られてしまっていることは、悲劇としかいいようがない。

ではどうすればいいのか。

今後について、石川健治氏はこう語る。

「権限が与えられたかrといって行使できるわけではなくて、行使できる理由がなければ行使できない。
場合によっては空文化・死文化することがままあるので、この部分は世論に依拠するところが非常に大きいから議論し続けなくてはいけない。
これで何かが始まったわけでも終わったわけでもないと考えていい。

しかし、世論無視の政府には、選挙で逆転し、法案を一から考え直すのが一番だ。
今回決まるかもしれない法案を、今後変えられる政治家(政党)はいるのだろうか。
民主党政権が「基地は少なくとも県外を」と訴えながら完全に潰されたことを考えると、政治界には私たち一般の人間にははかりしれない力(某国とか経済界とか何だとかの)がかかっているのかもしれない。
そういうものをはねのけることはできるだろうか。

それでも希望は常に0ではない。突然、社会が変わることはこれまでも歴史の中で起きたことだ。
それが、いつ、どんな風にかはわからないけれど、そういう変化は上に立つ政治家がもたらすものではなく、下から、つまり庶民の側(力)から、ということだけは確かだと思う。


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コメント 4

jmh

”本当に「国民なめるな!」”だと思います。希望はこれまで前に出ていなかった人々が、今回の主役だったこと。この国を動かすのは「声なき声」でなければならないのですが、それがわからない政治家たちには声を聞かせるしかありません。
多くの人が「これが始まりだ!」と言っています。小生もそう思います。これからはじめましょう!
by jmh (2015-09-22 21:15) 

tamara

議員の数ではもともと負けているわけですが、それにもかかわらず連日のように国民が声が上げたということは、大きな意味があったと思います!「民主主義」はそう簡単にはつぶされません。それどころか「新たな始まり」と感じている人が多いです。そう感じる人がいるかぎり、いつだって希望がありますね。
by tamara (2015-09-23 21:31) 

ayu15

ろくな答弁もないまま強引だったみたいですね。

どもうちはマイナンバーこそ一番危険な法律だと考えます。
国家や社会が個人を管理統制強化につながります。


自由社会では許されない手法です。


サイレントキラーなので多数の人が気がつかないうちにじわじわ効いてくるはずです。


秘密保護法・原発・集団的自衛権とかいろんな「権力」を批判するうごきのアンダーコントロールに力を発揮するでしょう。


マイナンバーは中国やアメリカに漏れる可能性は小さくありません。


秘密保護う法で国の秘密守るのに躍起になり、マイナンバーで個人の秘密は許さないという恐ろしい考え方です。


集団的自衛権反対の声は目立たないように一部の人の情報を漏らしその人を葬る可能性もでるでしょう。
by ayu15 (2015-09-28 08:47) 

tamara

ayu15さん、ブログ放ったらかしで返事がおそくなってしまいすみません。
じわじわと人々が気がつかないうちにがんじがらめになってしまったような気がしています。
秘密保護法もマイナンバーもセットですね。政府はやりたい放題できるような仕組みになっています。
こもままじゃ本当に危ないと真底感じています。
by tamara (2015-10-19 22:24) 

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