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教育基本法改定から9年〜12月の憂鬱〜 [教育]

寒い季節は苦手で(暑いのもだめだが)、少し鬱気味になる方だけれど、この10年ほどは、11月末から12月にかけてその傾向がかなり強く現れるようになった。

それは9年前の12月15日に現場の教員の強い反対にもかかわらず、第一次安倍政権によって「新・教育基本法」が参院本会議で成立(自民・公明が賛成。民主党、共産党、社民党、国民新党などが反対)、してしまった事を思い出すからである。
寒い中、おろおろと暗い国会前の反対集会に通っていたことが体感として残っている。
(12月は教員は2学期の成績処理などに追われている時期だ。)

「新教育基本法」は見たくない代物で、戦争の反省に基づいて、できる限りの民主的な(人間、児童や学生を大切にしようという考えに基づいた)、選び抜かれた言葉で書かれたそれまでの「戦後の教育基本法」とは似ても似つかないものになってしまった。

教育に深く関わっていた人でなければ、その落差の大きさ(私に言わせれば180度の転換)には気がつかないかもしれない。
法案決定に至るまで、やらせタウンミーティングなど数々の問題が浮上して世間の目にもその異常さは明らかにはされていたものの、安保法案強行採決と同じように、独裁的な採決となった。

9年前、「もう日本の教育はこれで終わりだな」という思いを持った学校関係者は多かったと思う。
その後は、第一次安倍内閣は頓挫したものの、教育の改悪はどんどん進められ、まず公立の小学校、中学校、高校、ついには大学まで公立私立を問わず、めったぎりである。

法が変わったからといって、教員が変わるわけではないから、これまでの「戦後の教育基本法の精神」も受け継がれてはいただろうけれど、年を経て教員の世代交代が進むにつれ、じわじわと「新・教育基本法のねらい」は教育現場にしみ込んで来ているはずだと思う。
教育関係者以外にそれは決して伝わらない。

「戦後教育基本法」は、『教育の独立性(時の政治や国家権力に左右されないこと)』を明確に現していた法で、「新・教育基本法」は、国家権力の下に置かれ、時の政権を支えることを目的にしている。
だから、国家権力の側に立つ政治家、財界人、彼らのやり方を支持する人々には、都合がいい。
まさに「政治は教育から」である。

こうして、教育、学問は政治の道具となり、「敬意」を全く払われなくなった。
こんなに悲しいことがあるだろうか。
本来、学問の場、人間形成の場は、権力とは離れた立ち位置にあって孤高の世界を持つべきだ。
人間は、経済のために存在するのではなく、人間社会の存続のために、経済力も少しは必要、というものだと思う。
完全に本末転倒している。

教育基本法の改定、安保法案強行採決、沖縄基地の辺野古移設への執着、原発事故への無反省、貧困層の拡大・・これがすべて今の政権が推し進めていることだ。

人間性を何よりも重視しようとしていた「戦後の教育基本法」は、もう忘れ去られてしまうのだろうか。


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コメント 6

mai

こんにちは。可決されたのは確か2006年12月15日でしたね。安倍氏に対して最初は何も思っていなかった私が、あの教育基本法案を読んだときの衝撃は忘れられません。「抽象的な基本法だから現場がしっかりすれば・・」などと言って慰めてくれた人もいましたが、やはり概念は行為を規定すると思います。大学にまで手を突っ込んできてひどいことですね。「こういうことが続けばもう日本にはいられない」と感じましたが、その読みは当たっていたと思います(まだ日本にいますが・・・)
by mai (2015-12-06 06:58) 

tamara

今あらためて「新・教育基本法」を読むと、「戦後・教育基本法」の精神を徹底的に覆し、全く別の基本法に強引に変えた意図がよくわかります。第二次安倍政権がめざす社会観に見事につながっていますね。2006年12月に感じた「暗い未来の予測」は現実のものとなっています。絶望が杞憂であるならどんなにいいか、と思ってきましたが、絶望はあくまでも絶望・・。じっと耐えているのが現状ですね。
by tamara (2015-12-06 21:03) 

jmh

9年前、教育基本法改悪に反対する団体のメンバーとして、いろいろな取組をしていました。話を聞いてくれる労組の会議におじゃまして、自作の「紙芝居」のようなことをやったり、駅でチラシをはさんだティッシュを配ったり・・・でも新教育基本法は成立してしまいました。
これからは新教育基本法の下で育った人たちが教育に携わることにもなりますが、教育の本当の価値、目的は、一時の政権が不純な動機で改悪した法律ひとつでそう簡単に変えられるものではない、あってはならないと信じています。まだあきらめません。
by jmh (2015-12-15 22:32) 

tamara

悲しくつらい出来事でしたね。
まさに<一時の政権が不純な動機で改悪した法律>です。
ほぼ全般に渡って塗り変えられてしまった「新・教育基本法」を正すにはどうすればいいのか時々考えますが、反対に作用する力を持った政権が長い期間続かないかぎり難しいと思います。
それでも、jmhさんが言われるように、人が持つ真の意味での「知性」を信じていきたいです。

by tamara (2015-12-16 22:44) 

ayu15

日記
「鶏とたまご」で書いています。(昨年)

国と個人
国と地域
地域と個人

法人と自然人(個々の人)

おかねと自然人

宗教とと自然人



「5人のために1人犠牲が当然だ」と公言した某党

教育基本法改正はじわじわ効果だしそうです。日記「サイレントキラーなお好み焼き」でもふれてます。

by ayu15 (2016-01-05 11:57) 

tamara

いつもコメントをありがとうございます。
教育の目標には、その社会がどんな様相で今後どういう方向に向かっているかがはっきり表れます。いくら美辞麗句を並べても、人を本来的な個として尊重することをやめ、国家という枠組の中の一個人として捉えるという、真逆の方向転換をしたことは隠せません。隠す気もないのでしょうが・・。
by tamara (2016-01-05 21:13) 

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