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森友/加計事件の行く末 [社会]

一年前に森友学園事件のことを書いたが、一年過ぎてもまだ事件は解決されない。その上、そこに加計事件も加わった。
国民をまったくナメているとしか言いようがない。

モリカケ事件の問題をまとめると、

①公的権力を私物化して特定の小学校建設に便宜をはかり8億円もの税金を注ぎ込んだ。
②その小学校が目指すのが、戦前戦中のものに酷似したいわゆる極右の教育であったこと
③公的権力を使って大学の学部設置を援助
④これらのことをごまかすために権力を用いて文書改ざん隠蔽を行った


②について言えば、それは第1次アベ政権が発足したときからアベ首相が目指していたものであり、2006年の教育基本法の改悪という大事に至ってしまった。
(やらせミーティングなどの批判を浴びながらの例によっての強行採決)
このことは、教育に携わる人たちにとって、大きな衝撃と悲しみをもたらした。
「教育基本法」の改悪は、塚原幼稚園で実践されているような教育を国全体に行うという安倍首相の悲願(狂願)を強行したものだった。

「教育」は人と人、一対一で向き合うもので、国家権力や外部の力に屈することなく、直接的に責任を持って行う、という戦後教育基本法の理念が破壊された。
日本の教育者たちはどれほど悲しんだことか。「まだ憲法がある」とうのが苦しい慰めだった。

改悪によって、教育への権力の介入はますますおおっぴらに強まって、学校組織は上役と下っ端というピラミッド型に変わり、管理職の下に中間管理職をつくり、職員の分断を図るという「教育」にはもっともふさわしくない構造を持ち込んでしまった。
それにめげずに、まだ以前の(戦後の)教育基本法の精神を大切にして日々教育と向き合っている教員の方たちもいるはずと思うが、世代が変わればそれもなくなってしまうだろう。

「教育基本法」を取り戻したい、というのが私がいつも思っていること。

森友事件で権力の私物化が脚光を浴びているが、どういう教育を目指している学校に便宜を図ろうとしたのかについて、メディアはもっともっと強調してほしい。

それにしても、よく堂々と、こういう戦前戦中に戻すような教育を援助しようとしたのか。信じられないことだ。今の社会はそういうものを認める下地があるのだろうか、ということが一番の憂いになる。

テレビを見ていて、「野党の方が悪者に見える」という人がいる。
いつまでも同じ事を問題にしていて、もっと大事な事を話し合え、という人がいる。
理財局長が「本当に申し訳ない」と繰り返し謝る姿と、野党が追求する場面が、テレビに流れるので、野党は何をいつまでもしつこく追求しているのか、と思うらしい。

一年経とうが何年経とうが許していいことではない。
日常的に「忖度」などある、知り合いだからと便宜をはかってもらうことはある、と考える人がいるようだけれど、

強大な国家権力と国民の税金を預かっている立場にある人間は、「忖度」など、絶対にさせてはいけないし、してはいけないののである。

まして政府が平気で文書改ざん、隠蔽をし、それを放置していたら、この社会はどうなってしまうのだろう。
こどもに「うそはつかない」「ごまかすことは悪いこと」など、もはや教えられない世の中になってしまうだろう。


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